「学年演劇」 「じゃあ、舞踏会のシーン!通しで行きまーす!」 3年生の演劇部部長の女の子が演出兼監督として舞台の中央に立ち大きな声で叫んだ。 「何ぼーっとしてる?・・・ほら、行くぞ。」 舞台袖で緊張している背中を葉月が優しくポンと押した。 「う、うん!がんばろうね、王子様。」 強張っていた顔が葉月を見つけると、途端に安心した笑顔に変わって返事を返す。 最後の呼びかけは本人が言われたくない言葉だったが、今回は名前通り葉月が王子役をやるので言われても仕方なかった。 実際演劇部の部長が「王子」と呼び始めたせいで演劇に関わる生徒まで倣(なら)ってしまい、初めはうんざりしていた葉月だったが諦めと慣れで3日も過ぎると呼び名などどうでも良くなっていた。 葉月が「ダンスの練習の成果、楽しみしてる。・・・じゃ、先行くな。」と囁くと頬を一撫でしてから出て行った。 「えっ!!」 一瞬で何かを思い出して、逆上せたように女の子の頬が真っ赤に染まった。 舞踏会に出席する人々もぞろぞろと左右の舞台袖から出てくる。 舞台袖は先程の緊張とは違い恥ずかしさで身体を硬くした彼女一人だけになった。 王子役の葉月が先に舞台中央奥に立って準備が出来た。 『シンデレラ』の中で一番華やかなで一番重要な舞踏会のシーンだが、まだ全員制服姿のままだ。 演劇部と、演劇を選択して衣装係になった女の子達は、仮縫いを済ませ今急いで縫製が行われていた。 文化祭はいよいよ今週末に迫ってきている。 体育館の横では朝から金槌を叩く音が響き渡り背景、大道具、小道具などが急ピッチで仕上げられていった。 今年の文化祭の目玉は何と言っても3年生主体の学年演劇だった。 『シンデレラ』 今年の彼らが選んだ演目は幼稚園や小学校でやるような話であった。 しかし、わざわざそれを選んだのにはわけがある。 現役高校生モデルの葉月珪が学年演劇に参加したからだ。 何も考えてないなかった葉月は、自分と一番仲の良い女の子がクラブの方ではなく最後だから学年演劇に行くと言ったので、クラブに無所属だった彼は一緒に付いてきただけだった。もちろん女の子と一緒に文化祭の準備が出来るという男子高校生らしい下心もあってのこと。 指輪をデザインして作製することから、裏方の小道具でも出来たら嬉しいと思っていた葉月だったので自分が主役を務めることなど頭になかった。 モデルをしているくせに学年演劇に入ったらどうなるか普通は気付くとは思うのだが、自身の容姿を客観的に見ることはあまり得意ではないし、周囲から褒めそやされても自尊心をくすぐられるタイプではなかった。 当然と言えば当然で、演劇部部長である彼女は現役高校生モデルの葉月に合わせて「シンデレラ」を学年演劇の演目を決めた。 俄然(がぜん)衣装係の女の子達のやる気が上がったのは言うまでもない。 もちろん断られないように付き合っていると噂されている同じクラスの女の子をシンデレラ役に据えた。 まさかシンデレラに選ばれるとは考えていなかった彼女は葉月と釣り合わないと必死に抵抗したが、最後には演劇部部長からどうしてもと頭を下げられ断られなくなった。顔を立てる為仕方なくやることになったのだが、相手が葉月に決まったせいで心の中は穏やかではなく、未だ葛藤が続いている。 「最後だしがんばろう・・・ね?珪。」 「お前、お人よしすぎだ・・・。」 「えっ?何?」 「何でもない・・・。」 戸惑いを隠しきれない顔で、それでも自分の責任を果たそうとする女の子から頼まれると、葉月に断るという選択肢は無くなった。 「・・・・やる。」 大好きな女の子にこう言われて葉月は呆れながらも頷いた。 葉月を王子に据えた演劇部部長は9割方成功したと喜んでいた。 立つだけで絵になる男子生徒を王子にするのだから演技の勉強の強制は一切言わなかった。 題名の通りシンデレラが主役の話なので王子の出番があまりない葉月が内心ほっとした。 二週間の学園祭準備期間が始まった。 初日、葉月が急遽入ったモデルの仕事でどうしても出席できなかったが、演劇部部長が彼には王子役に決まった時に「王子の出番は最後だから稽古にはそんなに出なくても大丈夫、台本さえ覚えてくれればいい。」とまで言い切った。 顔合わせも済み解散となった時、戸口へ急ぐ出演者の同級生達を横目に見て、色素の薄い髪と同じ色の瞳を持つ女の子は少し不安気に、部室へ急ぐ演劇部部長を呼び止めた。 「あの・・・私踊れないんだけど、どうしたらいいかな・・・?」 台本を一読した彼女は申し訳なさそうに真っ黒でストレートな髪の毛を一括りの束にして耳の下から前に見せている演劇部部長に尋ねた。 「あ、そっかー。心配だったら明日にでもうちの副部長に訊いてみて。あいつ小学生の時ダンス習ってたのよ。私からも言っとくから、稽古の空き時間にダンス習っといたら?」 軽く笑いながらもきちんと答えた部長は、逆に彼女に質問を返した。 「何で葉月君に教えてもらわないの?あんたたち付き合ってるんでしょ?」 葉月の恋人である彼女なら人が羨むほど簡単にダンス教えてと頼める筈だ。 それをしないのは、どういうことかと気になった。 「いつも一緒にいるけど、付き合ってるわけじゃあ・・・。」 「付き合ってないのっ!?」 彼女の言葉が終わるより先に驚いた部長が上から言葉を重ねた。 「・・うっ・・・。・・・そ、です・・・。」 「へええ〜・・・そうなんだあ・・・。」 意味深な笑顔で相槌を打ちながら、そこで二人の会話は終わった。 次の日葉月はモデルの仕事が入っていて元々休みだった。 台本の読み合わせの休憩時間に、部長から言いつけられた演劇部副部長の男子生徒が女の子に声をかけた。 同じ3年生でもクラスが一緒になったことはないが、その顔には見覚えがあった。 演劇部の舞台では主役で見ていたことを思い出した。 「じゃあ、早速ダンスの練習しようか。はい、両手を出して?」 素直に両手を差し出す女の子の手を副部長が取ろうとした時、いきなり別の男子生徒が横から二人の間に割って入った。 そして、女の子を守るように副部長の前に立ちはだかった。 彼女は後ろ姿だけで一目で誰だかわかった。 「珪!?」 茶色がかった金色の髪を持つはば学の制服を着ている男子生徒など一人しか思い当たらない。 今日はここにはいない筈の葉月珪であった。 驚いて思わず声を上げた女の子を背中にして、葉月は真正面の演劇部の副部長を何も言わず睨みつけていた。 綺麗な顔の葉月が真顔で怒ると嫌でも迫力が増す。中学時代からモデルをしている有名人を見知っていた副部長が、こんな顔もできるのかと唖然とした。 「・・・・・・・え、ええっと・・・?・・・・とりあえず、ごめん、かな?」 いきなり現われ敵意剥き出しになった葉月に戸惑っていた副部長だったが、状況の飲み込みが早く舞台で見せるような大袈裟な笑顔で言った。 「葉月、彼女の相手お願いするわ。ダンスが出来ないって言ってたから教えてやって。 ・・・・それじゃあ、よろしく。」 そのまま踵を返して舞台で使う背景が描かれた板が沢山立てかけてある脇をすり抜け、体育館の裏手からさっさと出て行った。 「あ、あの!・・・・えっ?・・・・ちょっとまっ・・・。」 慌てて立ち去る男子生徒を引きとめようとして、葉月に腕を掴まれ止められた。 「ダンスの練習、するんだろ?」 「わっ?」 葉月がいきなり女の子の両手を自分の手と絡めた。そのまま左手を滑らせ、胸を付き合わせるように彼女の腰を抱く。ピタリと身体が密着し、女の子は動けなくなった。 顔を上げると至近距離で葉月の端整な顔と向かい合ってしまい鼓動が勝手に高鳴る。自分の鼓膜にも響く心臓の音を葉月に気付かれたくなくて慌てて身をよじってそこから離れようとしたが、腰をしっかり抱き締められては身じろぎも出来なかった。 慌てている彼女を、葉月の宝石のような緑の瞳が見据えると、居たたまれないほどの視線を感じて、彼女は頬に熱が灯り始めた。葉月は逃げられない体勢にしたままの彼女にゆっくりと顔を近ける。 驚いて色素の薄い瞳が一度大きく見開かれた後、女の子は瞬きすら出来なくなった。 心臓が早鐘を打つ。 スローモーションで葉月の綺麗な顔が近づいてくるのが見えた。 これ以上距離が縮まると唇に触れそうになると思った時、耐えられなくなったのは女の子の方だった。 「あ、あの・・・!珪・・・!」 とうとう叫んで目を瞑ってしまった。 すると葉月の唇は、艶めいた唇から桃色の頬を通り過ぎ彼女の耳元へと動いた。 「どうして俺以外の奴と踊ろうとしてた?」 「きゃっ。」 葉月の言葉と一緒に熱い息がかかり、彼女の肩が小さく震えた。 「どうしかしたのか・・・?」 女の子の耳に、葉月の唇が触れそうな距離で囁かれる。 直に葉月の声が鼓膜に響くと、彼女の鼓動が一際高くなった。このままでは心臓がもちそうにない。 それなのに、わかっている筈の葉月は止める気がなかった。 腰を強く抱いて逃さない。 「け、珪・・・!」 彼女が戸惑いの声を上げた。 「何考えてるんだ・・・。他の奴と踊って練習になるわけないだろ。」 「きゃっ・・・。」 いきなり、葉月が左足を1歩前に出した。 釣られて女の子も右足を引いた拍子にバランスが崩れて後ろに倒れそうになり、気付いた葉月が自分の胸に力づくで引き寄せた。勢いがついたせいで彼女は葉月の胸にぶつかるように凭(もた)れかかる。 葉月の身体は温かくていつもデートの帰り繋ぐ手の温もりを思い出し、彼女の頬はますます赤く染まる。 「ご、ごめん。」 すぐに離れようとしても葉月は自分の腕の中から彼女を逃がさない。自分一人だけ勝手にワルツのリズムを刻んでいく。 「ほら、足動かせ。3/4拍子だ。」 身体を密着させ吐息がかかりながら耳元で囁かれて、いよいよ女の子は混乱しダンスのリズムが無茶苦茶になってしまった。 「珪・・。こんなのダンスじゃないよ・・・。」 こんな強引で無理矢理な葉月を見たことがなかった。 彼女の胸が痛い程張り詰めて、堪らず訴えた。 葉月は涙ぐむ女の子を見てやっとリズムを刻む足を止めた。 「・・・俺と踊るのが嫌だったか?」 「違うっ・・・。ごめんなさい・・・。」 「どうして、謝る?」 「だって、珪怒ってるから・・・。」 言葉と行動の端々にずっと苛立ちが含まれていることにやっと気付いたのだ。 「怒った理由わかるか?」 黙って女の子は頷く。やっと鈍感な女の子にも、彼が全身から怒りを噴き出してる理由がわかった。 「ごめんなさい。ダンスの練習なんて忙しい珪に迷惑がかかると思ったの・・・だから言えなかった・・・。 私は珪の足を引っ張らないように頑張らなきゃって思って・・・。。」 肩を落として俯く彼女の本音を聞けて、やっと葉月の心は落ち着いた。 「俺は、お前と一緒にいられるから学年演劇をやるんだ。 だから、お前は俺の傍にいないと意味がない。」 「うん・・・うん・・・。」 女の子が珍しく自分から葉月の胸に顔を寄せた。 葉月が誰にも見せたことのない穏やかな笑みを浮かべて彼女の背中に腕を回して優しく抱き締めた。 「なんだ、やっぱり付き合ってんじゃん・・・。」 体育館の二階から下を覗いていた演劇部部長の女の子は呆れながらも笑ってそう言った。 「おい、俺のことだしに使っただろ?」 楽しそうに覗いている彼女に、後ろから先程とは打って変わったくだけた物言いの声がかかった。 「葉月が今日休みだからお前が彼女にダンス教えてやれって言うから・・・教えようとしたのに俺とんだ邪魔者じゃねえか。・・・お前騙したな?」 3年間演劇部で、しかも部長と副部長の間柄なので付き合いが長い。お互いの性格は把握していた。 「ごめんごめん。だってさ、あの子王子と付き合ってないって言うから、ちょっと確かめてみたかったんだ。」 部長はまだ下を覗き込みながら謝った。顔を合わせることもしないとは、悪いとは思っていない態度だとわかる。 「どっちの気持ちを?」 副部長は尋ねた。 「どっちも。」 呆れたため息を一つ吐くと、付き合いきれないと言わんばかりに副部長は体育館の中へ入っていった。 「さてと・・・これで学園演劇がもっと楽しくなりそう・・・。」 黒い長い髪をシュシュで結び直し、女の子も副部長の後を追うように中に入る。そろそろ舞台の稽古が再開する時間だった。 仕組まれたこととは知らず、その夜葉月は文化祭までの二週間、モデルの仕事を休むことをマネージャーに告げた。 |
FIN
<あとがき> シンデレラでダンスのシーンがあるんですが、きっと主人公ちゃんは練習すると思うんですが その時絶対王子が主人公ちゃんを他の男に触らせたくないだろうと思ってそこからSSを考えました。 その後が全然浮かばなくてどうしよう!と思ってドS帝国のカイザーリンこと我が後輩にきいてみたら ドキドキさせたったらええねん!主人公ちゃんをホールドした状態で延々と囁くという素晴らしいプレイ・・・いえ 台詞と話を考えていただきました!ありがとう!後輩ちゃん! <2014/10/16> |