「星降る空の下で」 「あれ!珪!流れぼっ・・・・あー、もう消えちゃった・・・。 一緒に願い事しようと思ってたのに・・・。」 子供が拗ねた時のように、女の子は淡いピンクを唇を小さく尖らせた。 「この山じゃ珍しくないからまた降るだろ・・・。」 葉月珪は、口元に穏やかな笑みを浮かべて、コーヒーを淹れていた。 二人はははばたき市からかなり離れた場所にいた。 そこははばたき山も連なる山々の一つで、そこから車で1時間ほど奥に入った山の中腹に開けたなだらかな丘の上に彼らはいた。 登山客が踏み固めた山道に沿うようにあちらこちらにロッジが点在している。 流石に夏休み期間だけあって、ロッジの明かりは全て灯っていた。 この道の先には数時間ほど登れば山頂が見えるので、登山客がここで一泊する場合もあれば、家族連れの本格的なハイキングにもよく利用される。 もう少し下った川沿いには大型のキャンプ施設があり、そこも今日は賑わっていた。 どちらの場所も車で来られるの便利さ故「はばたきウォッチャー」夏の号ではよく特集が組まれているほどの人気スポットだった。 二人が泊まっているロッジは階段を上がると木製の丸テーブルと簡素な椅子が置いてあり、外で食事ができるように田舎のアメリカの家の雰囲気があった。 階段から一階の入り口が奥まっているのと、二階のテラスがせり出した屋根のおかげで、奥行き1・5Mほどのスペースは左側にだけ簡素な木製の机と二脚の椅子が置かれている。 葉月はその丸テーブルに携帯コンロを置き、お湯を沸かしていた。 8月の真夏でも、都会と温度は10度ほど違う山の中は昼の暑さとは打って変わって、日が落ちると途端に寒くなる。 恋人も備えてあったひざ掛けを膝の上に掛けていた。 ロッジの前に広がる緑の草に覆われた地面に一人用の木製のリクライニングチェアーが二台並んであったので、来た時に一目で気に入った女の子は雑巾で拭いて綺麗にしてからそれに寝転がっていた。 彼女は高校、大学と7年もアルバイトで喫茶店に勤めていたのに、コーヒーが未だに慣れなかった。 葉月の頼んだモカを飲んだ時、可哀想なほど口を歪めていた。 彼女にはティーバッグで申し訳ないなと思いながら、葉月はカップに湯を注いで茶葉を蒸らした。 湯気がうっすらと白く立ち昇ってすぐに見えなくなった。 諦めきれない恋人は、まだ夜空を目を凝らして見つめている。 小さく「あっ。」と、声を上げた。 一つの小さな流星がすぐ消えたと思ったら、それらを追いかけるように、三筋のはっきりとした光が弧を描くように流れた。 「ね、珪、今度は見えた?」 いつの間にか階段を下りていた葉月に気付き、振り向いた彼女は嬉しそうに尋ねた。 「ああ。お前と一緒に見られたな。」 葉月が頷いて一緒にと言った途端、恋人は嬉しくて破顔一笑した。 「でも・・・。」 葉月は両手に持った二個のふた付きの保温マグカップを階段の一段目に置くと、もう一台のリクライニングチェアーに腰掛けゆっくりと仰向けに寝転がった。 見つめる先には満天の星。 傍で彼を見つめいていた恋人も同じように空を見上げ彼の言葉を待った。 「俺は流れ星より、この星空の方がすごいと思う。 まるで空から沢山の星が降ってくるようで・・・見ていて圧倒される。」 それはまさに星が降るという言葉に相応しい夜空だった。 180度見渡せる空に、プラネタリウムよりも美しく沢山の星が瞬いて人気の星座すら見つからないほどだ。 まるで夜空に何基も吊るされた豪華な星のシャンデリアだった。 彼女も夜空を眺めながら、葉月の言葉に頷いた。 「うん。星がとても綺麗で、言葉にならないくらいだね・・・。」 そう呟いて、恋人は星を掴もうとするように空へ左手を真っ直ぐ伸ばした。 「・・・でもね、私やっぱり・・・ 珪と流れ星を見てお願いしたかったの。」 彼女の横顔がどこか寂しそうな顔になったのが気にかかり、葉月は立ち上がると恋人の傍に寄った。室内に灯った明かりが窓から零れて彼女の顔を暗闇からうっすら浮かび上がらせる。 煌々と照らす光ではない為、いやに暗く感じるのは気のせいか。 肘掛けに手をかけ空中へ伸ばしたままの手を優しく自分の右手で握り締めると、彼女の顔を上から覗き込んだ。 「俺、またお前を不安にさせたのか?」 問いかけると、恋人は色素の薄い目を少し大きく見開いていた。 「・・・・う、ううん!それは違うの!! ただ、私が・・・・ずっと一緒にいられますようにって、珪と一緒にお願いしたくて・・・それに・・・っ!!。」 慌てて必死に否定した後、しまったという顔になり急に照れたように頬がうっすら紅を差した。 高校時代から変わらない表情の豊かさに、可愛いらしさや少しのおかしさに葉月は思わず口元が綻んだ。 「それに・・・・・どうした?」 自分の質問が少々意地の悪いことだと思いながらも、葉月は先程の話を掘り下げる。当然だが、止めるつもりはない。 百面相のようにくるくる変わる顔が面白いというのは失礼だが、可愛いらしくて大好きだし、何より言いかけて口を噤んだ内容が気になって仕方がない。 「・・・・なんでもない・・・。」 葉月の端整な顔に上から覗き込まれて顔を逸らしたくても逸らせないし、手も握られてはその場からも逃げられない。 「何でもなくはないだろう・・・。何を言い掛けた?」 「ほんとにっ何でもないったらっ。」 葉月はわざと吐息がかかるほどの距離まで顔を近づけた。 反射的に彼女の手がいきなり葉月の手を強く握り返し、ギュッと瞼を閉じた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・?」 しばらくしても、葉月の唇が自分の唇と触れ合うことはない。 不思議に思った彼女がゆっくりと目を開けると、吐息が感じるほどの近くにいた葉月の顔が元の距離に戻っていた。 だが、星よりも美しい葉月の淡いグリーンの瞳が闇の中輝いている。 射抜かれたように、彼女の瞳は釘付けとなり、時が止まったように見惚れた。 だが見つめるほど鼓動はどんどん早くなり鼓膜に大きく響くほど賑やかになっていく。 『・・・どうして?キスしてくれないの?』 てっきりキスをしてくれるかと思って淡い期待をしながらも、彼女は遠くなった葉月を心細く感じながらも見つめた。 「顔赤い。何考えてる?」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 あっさり、キスを待っていたことに見抜かれて、彼女は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。 顔を隠そうとしても、葉月が彼女の右手を握っているので左手だけでは顔を隠せないと気付いて、無理矢理手を解こうとしたが男の力の方が圧倒的に強い。彼女の頬は熟れたリンゴのように真っ赤になり耳まで染まってしまった。 「お前の負け。ほら、さっき何を言おうとしてた?」 そうして葉月は優しく手の甲にキスをした。 「珪のいじわる〜。」 潤んだ色素の薄い瞳にもそっとキスを落とし、彼女に答えを促した。 恋人は戸惑いながら小さく口を開いた。 「それに・・・今夜はふたり、きりだから・・・・・・。」 「うん。・・・だから?」 「・・・・・・・・・珪が一緒に寝てくれますようにって・・・・、・・・願いごとしたくて・・・ ばかばかしいと思われても、珪にギュッってしてもらいたくて・・・。」 恥ずかしくてついに目を逸らして黙り込んでしまった恋人のいじらしさと可愛らしさに、彼氏としてよりも雄として酒に酔ったみたいにくらりと眩暈がした。 一緒のベッドに寝ることだけを願っているとしても、隣で寝ている恋人の温もりや柔肌を感じて、男が狼にならないわけがない。 肌を合わせた今となっては、それに気付かない彼女ではない。 『自分から強請るなんて初めてだ。』 珍しい彼女の態度に、雄の本能が全身に走る。自制が効かなりそうだ。 「最近、珪忙しくて折角の夏休み全然合えなくて寂しかったから・・・・。 ・・・今夜はずっと傍にいられるって思って・・・すごく嬉しくて・・。 ねえ、珪・・・?」 風呂上りのシャンプーの香りが涼風に乗り仄かに漂う。 「どうした?」 今すぐ抱き潰してしまいそうになる衝動を抑えるのに必死だったのに、彼女のこの言葉で我慢するのを止めた。 「今夜、一緒のベッドに寝てもいい?」 真っ赤に染まった頬、潤みきった色素の薄い瞳でそう懇願する。 「ばかだな。俺だってお前と一緒に寝たいに決まってる。」 恋人の甘美な願いを断る男なんていないだろう。 モデルをしている時の葉月珪ではなく、一人の男として、彼女の恋人としての葉月珪しかここにはいない。 星空よりも魅力的な彼女の申し出を葉月はありがたく受け取り、ウッドチェアから彼女を抱き上げた。 「えっ?えっ?」 彼女が目を丸くしている間に、葉月はロッジの玄関への階段をゆっくり上がっていく。 二人分の重さを軋ませながら。 「珪、コーヒーは?」 「・・・・・ああ。」 そう訊かれてコーヒーの存在をすっかり忘れていたことに思い出した葉月だったが、すぐに存在をもう一度頭から追い出した。 今は恋人と二人だけの時間をゆっくりじっくりと味わいたいのだ。 「コーヒーは後でも飲めるから、大丈夫。」 心臓の音が高鳴り、葉月も頬が少し熱くなった。 「けい・・・あのっ・・・うぅん・・・。」 彼女の甘い吐息ごと味わいたくて葉月は再び濡れた桃色の唇をこじ開けた。 「いいから俺に集中してろ・・・。」 「だ・・・って、んん・・・今流れ星が・・・。」 暗闇の中、星明りしか入ってこない寝室で、二人はお互いの肌の温もりを確かめ合っていた。 四方の木の壁には窓はなくベッドの上だけがサンルームのようにガラス張りになっていて、上から美しい星が見え、とても淡くか細い星の光が降り注いでいる。 二人の身体はその淡い星の光に映し出されて一つになっていた。 |
FIN
<あとがき> 今年はきちんと間に合いましたーーーーっ!といいたかったんですが・・・ もっかい読む暇も無く、父入院・・・で今までかかりました・・・ と言っても、葉月くんSSしかないこの体たらく・・・orz しかも文章が下手すぎる・・・・otz 久しぶりすぎて、葉月くんの口調や振る舞いを忘れてしまい、ちょっとSみたいになってるし最後はやってるし(笑) まあ、ほぼほぼ読んでる人もいないだろうと思い、ちょっと最後がアレですが アップしちゃいます! 久しぶりすぎて何がアウトかセーフか忘れてしまいました(笑) 楽しんで読んでいただけると嬉しいです <2016/7/10> |