「無自覚な君」 昼がとうに過ぎても学生達で賑わう大学のカフェテリアで、一際異彩を放つ青年が寝ていた。 窓際に等間隔に並べられた四角い木目調のテーブルに、まるで自分の存在を隠すかのように突っ伏しているが、傍を通る学生達は必ず目線を彼に合わせる。 黒い毛を人工的に明るく染めている学生達の中にいて、帽子の下からはみ出た栗色がかかった金色の髪がガラス窓から差し込む陽光に反射し輝いた。今は瞼が閉じられているが、普段は美しい髪色に相応しい淡い緑色の瞳をも持っていた。 青年の名は葉月珪。 個性的な人物が同学年に多かったはばたき学園高等部でも抜きん出て人の目を惹く存在であった。 この容姿のおかげで彼はモデルをしているのだから、当然一般人よりは目立つ。 彼の人となりを知らない異性や同性からは、普段からあまり笑わない為近寄れない雰囲気がある孤高の王子様と思われている。 あわよくば葉月を恋人にと狙っている女性達には、高く厚い壁であった。 仕方なしに憧れの目で彼を遠巻きに見ているだけである。 本人には自覚が全くないのだが。 そんな渦の中心に、全く意に介さないように一人の女性が葉月に近づいていく。 まだ女の子と言ってもおかしくない幼さが、顔に残っていた。 色素の薄い瞳と同じ色の髪が歩く度に微かに揺れている。 高校時代は肩より上だったが、今では肩にかかるぐらいまで艶やかな髪が伸びていた。 女性陣から羨望の眼差しを痛い程背に受けながら、怯(ひる)むことなく進んで彼女はトントンと寝ている彼の肩を軽く叩いた。 「珪、おはよう。また昨日、夜更かししてたの・・・?」 呼ばれた葉月は瞼が薄っすらと開いた途端、陽の光を受けて反射的にきつく閉じてしまい「まぶし・・。」と呟いた。 机から猫が伸びをするように突っ伏していた上半身を起こす。 まだ眠いのか気だるげに瞼が開けられ、美しいエメラルド色の瞳が現われた。 そしてゆっくりと声の方を振り仰いで口元を綻ばせた。 「ああ、ごめん、寝てた。 講義もう終わりか?」 暮れ行く光を浴びた優しい笑みは、恋人に対する恋慕に溢れている。 高校生の時一切の表情を切り捨てたような、あの葉月珪を知っているものがいるとすれば大いに驚くだろう。 「眠気覚ましにコーヒーでもいかがですか?お客様?」 高校一年生から今でも続いている喫茶店でのバイトをしている彼女は、ウェイトレスの口調で葉月に尋ねた。 いいな、コーヒー、飲む・・・。」 彼も高校一年から同じ喫茶店の常連客だったので、いつものように寝ぼけ眼のまま頼んだ。 「モカでいいよね。」 笑顔で彼のリクエストを聞かずそれだけ言うと、女の子は軽く弾むように足早に歩いていった。 囲む視線が彼女一点に羨望に嫉妬が交じり合った感情をぶつけた。 『気にはしないけど、相変わらずすごい人気だな・・・。』 彼女は心の中で大きなため息を吐いた。 淹れたてのコーヒーが入った紙コップを二つ彼女はゆっくりと運ぶ。 酸味の強いモカに比べて、自分は甘ったるいキャラメルマキアートだが。 机に二つ置くと、葉月と向かいあうように椅子に座った。 「はあ・・・。、ここ、コーヒー美味くて良かった・・。」 葉月はコーヒーを一口飲むと、息をふうっと吐いて眠気を覚ました。 美味しそうにコーヒーを飲む彼を見て、女の子はふふっと笑みを零した。 「私は講義終ったけど、珪も?」 「そう。俺も今日はこれでお終い。」 じゃあ、と言いながら、ちらりと腕時計に目を遣る。 短針が3時を射していた。 「帰ろっか?」 葉月と一緒に行動していると、女性の視線に居心地の悪さを未だに感じる。 モデルという職業柄嫉妬混じりの羨望を何度も受けているのに、葉月は全く気付かないし、言いたい奴はほっとけばいいと言う。だが、一度急遽来れなくなったモデルの代役で彼との雑誌用に写真を撮ったことがあっても、一般人の女の子はこんな感情に晒される経験も耐性も全くないのだった。高校時代から一緒にいたのに、恋人になってからやっと葉月を見る女性達の熱い視線に気付いた。あからさまないじめは無いにしても、視線がこんなに突き刺さるとは思いもしなかった。だがそれも、葉月と一緒に過ごしていると幸せを感じて全く気にならなくなるのだが、このような人混みだと視線は嫌でも気付いてしまう。 そんな彼女の気持ちを知らず、葉月は辺りを見回してこう言った。 「そうだな・・・、そろそろいこう お前何か目立ってるしな。・・・みんな見てるぞ。」 見てるのはどう考えても人気モデルの葉月珪である。 女の子は少しの間目を丸くした後、少し困ったような顔で笑った。 「みんな、珪を見てるんだよ?気付かなかったの?」 高校時代から自分のことに頓着しない性格だとわかっていたが、視線の集中砲火を浴びても気付かないとは恐れ入る。 今度は葉月がきょとんと目を丸くして、言い返した。 「俺を?違うだろ?ほら、変装してる。この帽子とか、眼鏡も」 長い指が眼鏡と帽子を指差すと、、彼女はつい吹き出してしまった。 「ばればれだよ〜。珪、そのかっこ変装になってないよ。」 本当に驚いた顔で葉月は呟く。 「・・・ばれてる?でもいつから?」 「入学式の日からっ!」 やはり気付いてなかったのかと彼女は呆れた。 葉月が一流大学に入学することなど事前にSNSなどで噂が出回っていたらしい。恋人も親友の藤井奈津実と弟の尽から情報がもたらされた。 やや落ち込んだように葉月が俯く。 「・・・そうだったのか 何かそんな気もしてたんだ・・・ そうか。。。俺は妙な帽子好きってことに・・・。」 本来はマイペースな性格な葉月を彼女は可愛いと思ってまた吹き出してしまった。 今日の夜は珍しく恋人の両親が揃って留守だった。 父親は出張で、母親はご近所の主婦達だけで旅行を楽しんでいた。 葉月と弟の尽の為に腕を振るおうと意気込んでいた恋人だが、弟はあっさり断った。 「夕飯は玉緒とファミレスで済ませてくるからいらない。 俺は家で留守番してるから、姉ちゃんは葉月の家でご飯作ってそのまま泊まってけばいいじゃん。 大体この家じゃあ、葉月だって夕飯食わせてもらってるっていう遠慮から姉ちゃんに手は出せないだろうし。 それじゃ、ま、頑張って♪」 中学生らしからぬ大人びた口調で、ぬけぬけと言い放って弟は学校へ行った。 『もう!本当にマセガキなんだから〜!!』 彼女は弟の出て行った玄関のドアを見つめながら顔を真っ赤に染めながら悪態をついた。 夕方のセールにはまだ時間があるので、この時間のスーパーはそれほど人は多くない。 「今日のご飯何がいい?珪の食べたいものでいいよ。」 駅のスーパーに寄って、買い物カゴを手に彼女は尋ねた。 しばらく考え込んだ葉月は、はにかみながら「この前お前のお袋さんが作ってくれた煮込みハンバーグが美味かった・・・。ほら、お前ん家特製のトマトソース使ったやつ。」と答えた。 時間が間に合えば夕飯の手伝いをする彼女だったが、腕は流石に何年も主婦をやっている母にまだまだ敵わない。 このままでは母親が最大のライバルになりそうだと、少し落ち込みながらも彼女はもっと料理を勉強しようと誓った。 「うん、わかった。じゃあ、トマトソースの材料も買わないと、だね・・・。 トマトとアンチョビとにんにくに・・・。」 「ほらカゴ貸せよ。重いから、俺が持つ。」 いつか遠くない未来、このような姿になるのだろうとお互い秘かに想像しながら、二人は楽しく買い物を済ませた。 夕食のハンバーグを葉月は美味しそうにたいらげると、彼女にごちそうさまでしたと笑顔でお礼を言った。 その後二人で洗い物を一気に片付けて、ダイニングのテーブルから隣のリビングに移ることになった。 恋人は、デザートにと買ってきたケーキをローテーブルの上に並べていると、葉月はソファに座って眼鏡のレンズをクロスで磨いていた。 汚れが落ちたか一度眼鏡をかけて確かめている。 葉月と並んで恋人も座り、眼鏡をかけた彼の顔を覗き込んだ。 「珪の眼鏡・・・伊達・・・だよね?」 「ああ、度は入ってない。」 「ふ〜ん・・・。」 恋人は両腕を伸ばし葉月の頬へそっと自分の手で添えるように触れた。 「・・・・・・・・・・・・・・・。」 一瞬だけ小さく彼の身体が反応して、そのまま固まった。 顔も微かに強張ったままだが、彼女は気付かず自分の顔を更に葉月へと寄せた。 高校の同級生だった守村の黒縁でもなく、担任であった氷室の銀フレームでもない。 彼の皮膚の白さに合わせたこげ茶色のフレームは伊達でもよく似合っていた。 眼鏡をかけた葉月の姿は新鮮で恋人も気に入っているのだが、度が入っていなくてもレンズ越しでは彼の綺麗な淡いグリーンの瞳がはっきりと見えないような気がした。 『何だか、フィルターがかかっているみたいで・・・。』 そう思いながら、自分を見つめたまま一言も喋らない葉月の顔から眼鏡をそっと外す。 テーブルの上に置いた眼鏡の弦が固いガラス面に当たってコトと小さな音が遠くから聞こえる。 高校生時代体育館の裏にいた野良猫の親子を撫でるように、葉月のこめかみの辺りの髪の毛を優しく手串で梳(す)くと、美しい緑色の瞳を覗き込んだ。 エメラルドのような美しい瞳だと思った。 「やっぱり、眼鏡がない方が珪の綺麗な瞳がはっきり見えて、いいな・・・。」 満足気に笑んで呟いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」 先程から返事をしない葉月にやっと気付いて、恋人は我に返った。 「あっ・・・・ご、ごめんっ!」> 自分の行動を振り返った途端、顔から火が出そうな程恥ずかしくなった。 目の前には息がかかりそうな距離に端整な顔があり、まるで自分からキスを強請っている姿になっていたからだ。 引き寄せた葉月の頬がやたら熱っぽいと、彼女の手の平から伝わる。 二人の視線がかち合った。 「ち、違うの!これはね・・・っ」 「何が違うんだ・・・?」 目の前には端整な顔が迫っていて、綺麗な緑色の瞳が光っていた。 だが彼の光は、暗闇で獲物を狙う肉食動物のそれに近いことを、彼女はまだ気付いていない。 恋人はそれどころではなかったからだ。 「ご、ごめんねっ!勝手に眼鏡取っ・・・」 眼鏡を不躾に外したことを思い出し、もう一度謝り机に置いた眼鏡を取ろうとした恋人は葉月の異変にやっと気付いた。 「・・・・・・ぇっと、・・・・珪、何・・・?」 いつの間にか葉月の頬を触れている両手を上から男の大きな手でしっかりと握られ、机まで手が伸ばせなかった。 「・・・・・お前、知っているのか?」 真面目な顔で訊いてはいるが、どこか呆れたようにも聞こえる。 「・・・え?」 それを返事と受け取ったのか、同時に葉月は両手を握ったまま彼女を強引にソファへ押し倒した。 くるりと世界が反転して、彼女の視界に白い天井が現われた。 「えっ?えっ?」 恋人を下に組み敷き、両手をソファに縫い付けられるようにしっかりと押さえて動けなくした葉月の顔がゆっくりと近づいてくる。 そして恋人の唇に頬に額に、葉月は小さくキスを落とした。 恥ずかしさと彼の行為の意味がわからず何度も目を瞬かせている彼女の耳元へ、キスをするように優しく葉月が囁いた。 「恋人の眼鏡を外すってことは、お前からのお誘いって意味だぞ。」 「ええええええええーーーー!!し、しっらない!そんなっ、のっ!・・・・っうぅっん・・・・。」 彼女は咄嗟に仰いで否定するが、葉月はすでに臨戦態勢に入っていた。 言い訳しようとする恋人の唇を塞ぎ、彼は息ごと奪うような強引なキスを繰り返した。 男の本能が「知らなかった」という理由だけで止まる筈がない。 何度も何度も角度を変えられ舌を差し込まれた彼女の口からは、甘い吐息が零れ始めた。 「お前、意外と大胆だな。」 少し悪趣味だとは思ったが、葉月は楽しそうに、彼女の唇を塞いで遂には反論させる気力すら無くした。 |
FIN
<あとがき> 7月以来ですが、こんにちは! こういうネタ続いてすみません! 王子滾ったら止まらなさそうと思ってしまい(笑)、つい書いてしまいましたwww 今年はきちんと間に合いましたーーーーっ!と胸を張って言いたかった!! 一週間前には出来ていたSSを三連休にアップしようとしてとうらぶやりまくって自堕落な生活をしていて出来ませんでした・・・orz まあ、毎度のことですが、誰も待っていないので、大丈夫かな、とwwww 眼鏡ってお題にしようとしたんですが、どうにももっさり感が拭えなかったんで変えました これで先生も書くと楽しいことになりそうですがwww 王子!やっぱり私の大好きな王子はただ一人です! 本当に大好き! 葉月くん!お誕生日おめでとーーーー!! <2016/10/15> |