「コスプレ」


「零一さん!すっごくかっこいいです!
写真の撮り甲斐がありまくりですね!」
「・・・・・」
腕組みした零一は黙って口をヘの字に曲げたまま返事がない。
「もう〜学園祭でコスプレするなら教えてくださいよー!零一さんのいじわる〜。」
そう言いながらも零一の恋人はスマートフォンで零一の姿を写真に撮り続けた。
目をキラキラ輝かせながら。
「コホン!この格好は俺が了承したわけでは・・・!」
不本意だと言おうとしたが、恋人は全く聞いていなかった。
「あーん、零一さんホントかっこいい〜♪後で私もお客さんで食べにいきますね。」
ついに零一が怒った。
「人の話を聞け!」
勢いよく怒鳴ったせいで、オールバックから垂らした一房の前髪が零一の額に落ちた。
「だって!尽が言ってくれなかったら、零一さん絶対教えてくれなかったじゃないですか!?ひどいです!」
はばたき学園一厳格な教師と有名な氷室零一は口を真一文字に硬く結び直し、拗ねたように顔を横に向けた。
「俺は同意したわけじゃあ・・・ない・・・。」

クラスの出し物がハロウィン喫茶と決まり、まさか教師も衣装を着る羽目になろうと思ってはいなかった零一は半ば巻き込まれる形で参加する羽目になった。
絶対にふざけた格好はしないと断言していた零一だが、教壇に立って生徒達の意見をまとめていた委員長の東雲尽が、彼の耳に何事かを囁いた途端、言葉を詰まらせ口に泥を含んだような表情に変わった。
青ざめた顔が真っ赤になってしばらく沈黙した後、零一の大きなため息が静まり返った教室に聞こえた。
「・・・・・・・・わかった。」
額に手を当てて、あからさまに落ち込む零一とは対照的に、尽はガッツポーズを作った途端、クラス中から尽に対して歓声と拍手が上がったのは言うまでもない。



「零一さん、その牙もマントもとても似合ってます!」
どれだけ恋人が褒めても零一は不承不承だといわんばかりに腕組をしたままこわばった顔を崩さない。
「むしろ怒った顔の方がドラキュラにはピッタリです!」
怒っていても褒められては、零一はどうしていいかわからない。
「君はしゃべるか写真を撮るかどっちかにしたまえ。」
ずっと納得しないまま眉間に皺を寄せ柳眉を吊り上げていた零一だったが、無邪気にはしゃぐ恋人を見ていると段々毒気が抜かれて、どうにでもなれと自暴自棄になり、ついに怒っている自分がばかばかしくなった。

「そんなにこのばかげた格好が、君は、その、だな・・・・好き、なのか・・・?」
「はい!いつもの零一さんも素敵だけど、生徒の為にコスプレする優しい零一さんも、大好きです!」
てらいもなく彼女は答えた。
恋人が言うと「本当のこと」みたいに聞こえるから不思議だ。
信じてしまいそうになる。

つい、気を許して質問した。
「ふむ、こういう格好をした時、俺は何をすればいい?
映画の吸血鬼とは夜蝙蝠となって女性の寝室に入り血を吸うのだろう?」
当たり前だが最近学園祭で人気が出てきたコスプレ喫茶など、零一の頭の中には存在しない。
安易だが吸血鬼と言えばホラー映画のイメージが強いのだ。
零一はそんな場面しか思い浮かばなかった。
「そうですねえ・・・女性の首元に牙を立てて血を吸うんですよねえ・・・。」
答えながら恋人は首を右に傾げた。
肩まで伸ばした色素の薄い髪の毛の中から白い陶器のような首筋が見えた。
「あ、でもお客さんに牙立てちゃダメですよー。」
想像したのか微笑みながら注意する彼女に零一は無言で近づいた。
「へ?」
背の高い零一の影が、彼女の顔を覆った。
「ならば、恋人の君になら「ここ」に牙を立ててもいいわけだな?」








「えええ?」
怒り疲れた零一の顔が、いつの間にか楽しそうに口端を吊り上げている。
モノクルから透けた冬枯れの湖のような瞳が彼女の色素の薄い瞳を覗き込むように
見つめたと思ったら、視線がするりと外れ、零一の吐息が首筋にかかった。
えらく熱い。
恋人はその吐息がかかっただけで感じてしまい肩が小さく震えた。
「ちょ、・・・零一さん!ここ資料室です・・・誰か来たら・・・」
零一を押しとどめようとする恋人の両手を零一は捕まえた。
それはさながら映画の一場面のようだった。
おびえる女性に冷酷に首筋に牙を立てる吸血鬼に。
「心配するな。ここは教師専用の更衣室で生徒は来ない。それに俺が最後の一人だ。」
言い終わると同時に彼女の首筋へと牙を立てた。
「っ!!」
彼女が驚いて小さく呻いた。
だが、痛みはない。
牙はシリコン製のやわらかいものだった。


「先生ーもう着替え終わりましたあ?」
生徒の楽しそうな声が資料室の扉の外から零一に呼びかけた。
「ああ、終わった。今行く。」
零一は彼女の白い首筋から唇を離した。
そして牙を立てた痕をするりと手で撫でた後、何事もなかったかのように扉を開けて出て行った。


一人残された彼女は力が抜けてリノリウムの床にへたり込んだ。
震える手が無意識に先ほど噛まれた首へと向かう。
とうに熱はない筈なのに、まだそこに零一の吐息を感じてしまい彼女は心臓が大きく鳴った。
「零一さんのばかあ、今の反則すぎますっ・・・。」

『今から学園祭が始まります』と放送部の校内アナウンスの声でやっと我に返ったが、耳まで真っ赤に染まり顔が熱くて、恋人は元に戻るまでしばらく零一がいるコスプレ喫茶に行けなかった。




FIN




<2015/11/21>
これはむち子さんのカウントダウン絵に勝手に妄想を膨らませて絵チャでちゃっちゃっと書いてしまった作品です
折角絵をもらったのに、勿体無い!と思い、むち子さんから許可もらいましたんでこの話もアップしてしまいました
滅多に私のサイトでは書かないちょっとカッコイイ先生です(笑)
リクした吸血鬼のかっこいい先生をむち子さんが描いてくださったのに、私の文章がそれに追いついてなくてすみませんでしたー!

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