「KISS-尽ver.-」


ホテルの教会は床も壁も天井も全て白色で覆われていた。
毎日従業員の手によって磨かれた白の大理石の床に、木製のベンチが教会の真ん中を貫くヴァージンロードを挟んで両側にシンメトリーで並んでいる。ヴァージンロードに面した左右のベンチの端には白い薔薇だけで作られたブーケが飾られ、ウェディングドレスを着て歩く花嫁に文字通り花を添えていた。
教会の最奥は荘厳とは言えないが、大きな茶色いシンプルな十字架が建てられ、右脇には小さなパイプオルガンが設置され式が行われる時には、ヴァイオリンとセットで演奏される。
トリノ五輪でフィギュアスケートのゴールドメダリストである日本人選手がエキシビションで使って有名になった曲が生演奏をバックに歌われ、光が差し込む扉が開くと父親と腕を組んで純白のドレスに身を包んだ花嫁が共にゆっくりと歩いてきた。
ベールで隠された花嫁の顔は、清楚でとても美しいと彼女は目を輝かせた。


太陽が地平線に沈みゆく頃、尽は誰もいない教会にこっそり入っていく和装の女性を見つけた。
ホテルの最上階に建てられてあるので、白い壁は沈む夕日の光が当たり赤く染まっていた。
そろそろホテルを出ようとして、尽は姉を探していた。
姉と言っても血は繋がっていない。戸籍上そうなっているだけだ。
彼は長い間抱え込んでいた姉への恋慕を去年の12月流星が降る下で告白した。
6歳年の離れた彼女は尽の想いを受け入れてくれ、二人は密かに恋人同士となった。
しかし養子縁組した姉と弟がどうやって法律的に結婚できるのか、まだ社会の偏見もあるし両親への説得も、感情だけが先に育ってしまい出来てない。険しい茨の道を歩き始めたのは明らかだ。
尽は告白した夜に決心した。
彼女を自分の手で守ることを。
それには大人や法律に対抗できる力が必要だった。彼は一流大学へ、それも一番難しい法学部へ進むことを誰にも相談せずに決めた。流石氷室学級のエースの弟だと褒めそやされている成績なので本人はさほど焦ってはいないが、大学入試に十分ということはない。もちろん春季講習は受講し模試の結果はA判定でも、彼は塾へ行って猛勉強していた。6月の第一週に行われた結婚式は、尽にとってほんの少し息抜きになってありがたかった。
その大好きな女性がどうして無人の教会へ入って行ったのか、理由を知りたかった。
「何してんだ?・・・こんなとこで・・・?」
閉じた扉の前で尽は首を捻った。
華やかな式がない限りここはひっそりと静まり返って、まるではばたき学園の敷地内にある教会みたいだと思った。
『ここは使われていないわけじゃないけどな・・・。』
ホテルの敷地内といえど神のおわす場所として建てられた教会は、どこか厳かな雰囲気を感じる。
重そうな木の扉を押すと意外に軽く、それは音も無く開いた。
視線を巡らすこともなく、すぐに尽は扉から続くヴァージンロードを歩いている後姿を見つける。社会人二年目になる彼女は成人式に着ていた着物を着て艶やかだった。着物も帯を華やかなので、彼女はこめかみ辺りの髪を取って後ろで結び、髪をまとめないで残りは垂らしただけのシンプルな髪型にしていた。逆にそれが可愛らしく見えて学生のような幼さが残る。
「すっごくきれいだったな〜。」
誰もいないと思って楽し気に呟いて、ほんの数時間前に行われた結婚式のことを、彼女は頭の中で思い出したのか感嘆の息を吐いた。
女性なら憧れる教会で挙げる結婚式は本当にロマンチックで素敵だと思い、花嫁に倣(なら)って静かにゆっくりと慣れない草履を履いた足を動かしている。しかしスカートと違って歩幅は小さくなって歩きづらい。
扉の前に立つ自分に未だ気付かず、ヴァージンロードを花嫁さながら優雅に歩く彼女を見て尽はつい口元を綻ばした。
『そういや披露宴の時すごく綺麗ってはしゃいでたっけ・・・。』
明日は日曜日なので親戚が一同に会するついでに、酒が飲める大人達だけで行われるささやかな宴会が、一番広い角部屋の伯父の部屋で行われる。明日仕事がある人以外はホテルに泊まるので、披露宴が終わっても親戚の殆どが帰らなかった。
もちろん尽と彼女の両親も部屋を取ってある。
しかし尽は今年受験生の身だ。
のんびりするわけにいかないという理由で尽は泊まらず、姉と一緒に帰ることになっていた。



ヴァージンロードを通って神父が立つ祭壇の前まで来た途端、彼女の携帯が小さなバックの中で震え始めた。
急いで鞄から取り出すとメールの着信が一件入っていた。
携帯画面の時刻は、そろそろ親戚だけの二次会が始まる時刻だ。
差出人を確認すると弟であり秘密の恋人である尽からだった。
メールを読み終わって彼女は驚いた顔になる。
【花嫁気分は十分に味わっただろ?そろそろ帰ろうよ。】
慌てて彼女は扉の方へ振り返り、瞳を何度も瞬くこととなる。
茶色い髪と同じ色の瞳をした、スラリとした細身の体躯をはばたき学園の鮮やかなブルーの制服に包んでいる尽が携帯を右手に持ち扉に凭れていた。
「尽!?・・・いつからそこにいたの!?」
扉が開かれる音が全くしなかったので、独り言も花嫁を真似た歩き方も見られていたと想像すると、彼女は恥ずかしくて頬に朱が走った。
「あなたが入っていくの見かけたから・・・。きちんと扉から入ったよ。」
二人きりの時だけ、尽は姉である彼女のことをあなたと呼ぶ。
薄闇に慣れた色素の薄い瞳に、大人びた尽がこちらへ向かって歩いて来るのが映る。
学生服のブレザーを着ているというのに、堂々とした姿はまるでヴァージンロードを歩く新郎に見えた。
幼かった小学生の頃と随分面変わりして、身長はあっというまに姉を追い越し肩幅や手は男らしくなった。
尽はその大きな手で彼女を閉じ込めるように抱き締め、ベッドの中で喘がせ続けた。
今では引き締まった背中の筋肉、肌の温もり、汗の臭いまで彼女は覚えてしまっている。
急に意識し始めて心臓が痛い程高鳴り、頬がみるみる赤みを帯びた。
個性的な面子がいると尽から教えられていたはばたき学園高等部でも同級生の女の子達にもてることを、彼女は口には出さないが知っていた。だが、選んだのは長い間一緒に過ごした姉だった。
帯に巻かれるより早鐘を打つ胸が苦しくて、彼女はじわりと色素の薄い瞳を潤ませる。
尽は何も言わず誓いの言葉を交わす祭壇にまで来ると、結婚式を挙げるように彼女と向きあった。
着物姿の彼女は目線を上げて見つめる。
尽は彼女の胸元に、後ろ手に隠していた何かを差し出した。
「・・・・・はい、これ。」
「あ!尽が取りに行ってくれたんだ・・・。」
それは先程花嫁からのブーケトスで彼女の手の中に落ちたピンク色のガーベラで作られたブーケだった。
ピンクのガーベラの花言葉は『熱愛・崇高な愛と美』。結婚式にはピッタリの花だ。
披露宴の間クロークに預けていたのを、尽が彼女の代わりにもらってきていた。
「ありがとう。」
お礼を言って差し出した彼女の手をブーケごと自分の手で包むように握ると、尽は急に真顔になった。
「・・・・あなたに聞いてもらいたいことがある・・・。」
「え・・・・?」
彼女が驚いて訊き返す。
「さっきここでやってただろ?誓いの言葉。
俺は神様じゃなくて、あなたに誓いたいんだ。だから聞いてほしい・・・。」
真摯な態度で尽は誓いの言葉を口にした。
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、まずしいときも、あなたを愛し、あなたを敬い、あなたを慰め、あなたを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを俺は誓います。」
それは参列者となった二人が見ていた結婚式の誓いの言葉だった。
彼女は驚いた顔のまま言い終えた尽を黙って見つめていたが、彼の言葉が少しずつ胸に染み入るように伝わったのか、程なく笑顔に変わった。
「ありがとう・・・。尽。」
「じゃあ、あなたも誓って。俺の傍から一生離れないって・・・。」
彼女は包まれた手を握り返せない代わりに、尽の茶色い瞳を熱い眼差しで見つめたまま言葉を返した。
「私も・・その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、まずしいときも、あなたを愛し、あなたを敬い、あなたを慰め、あなたを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います・・・。」
教会内にいるので、本物の結婚式をしているようだと彼女は思った。残念ながらドレスではなく着物姿だったが。
「では、誓いのキスを・・・・。」
尽は神父の言葉を囁くと、彼女に唇を寄せた。
花嫁のように、夢見心地な瞳で彼女は尽に捧げるように瞼を閉じて顔を近づけた。
二人の唇が静かに重ねられた。
誓約の証はとても甘いものだった。
離れた男の熱い口づけに逆上せてしまい、色素の薄い瞳は知らず薄い唇をずっと追いかけてしまった。
尽が神聖な教会であるにも関わらず、着物を乱したあなたも悪くないと心の中で考えてしまい、欲望を滾らせた熱い瞳で見つめていることも知らずに。
「・・・次はウェディングドレスを着たあなたにちゃんと誓うよ。」
「うん。約束だよ。」
頷いた途端、眦から涙がポロリと一粒零れた。




それを見た尽は頭を抱えた。
化粧をして美しくなった彼女の恋する顔は、尽の忍耐力を簡単に消失させてしまうのだ。
「・・・・それ反則なんですけど・・・。あー、ホントあなたって男心を全然わかってないんだから・・・。」
聞き取れない声で呟いた尽は、突然整えた髪の毛を片手で掻き上げ乱した。
そして彼女の手首を掴むと来た道を足早に引き返す。つられて彼女も歩幅の狭い草履で何とかついて行こうとする。
「早く帰ろう。教会の中じゃキスしか出来ないんだからっ。」
「えっ?」
言葉の意味を問う前に、彼女が勘付いた。慌ててしまい足取りが更に重くなった
「今日は母さん達もいないからあなたと一晩中一緒にいられるんだ。時間が勿体無いから早く帰るよ。」
「つ、尽ったらっ!何言って・・・。」
彼女の頬から耳にかけて、一瞬で真っ赤に染まる。
「だって、あなたを初めて抱いた後今日まで全然手を出してないんだぜ。俺よく耐えてたよなあ・・・。自分でも偉いって思うよ。
それに、俺さ・・・。」
ニヤリと口端を上げて笑む尽に、嫌な予感を感じながら彼女が訊き返した。
「なに・・・?」
「着物脱がすのって、初めてだから興奮してる。」
意地悪そうな笑みを浮かべた尽の顔を見て、彼女は呆れて大きく息を吐いた。







FIN




<あとがき>
キスSS第二弾は先ずうちのサイトのファンは誰も待っていないであろう(笑)尽くんであります!
いいんだ・・・私が好きだからいいんだ・・・(^^;)
キスSSを小学生にすると、ちょっとショタっぽいので大人な18歳にしました!(>△<)ゝ
そしてまたまた誕生日記念にSSを書くのを忘れた次第であります!ごめん!つーくん!!
18禁っぽいのがマジ増えてきて、全年齢対象のサイトとしていいのかどうなのか・・・・(^^;)
<2014/5/29>


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